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C-12 色絵 牡丹 蝶文 覗猪口2客セット

¥6,050 税込

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本体価格:¥5,500- <色絵 牡丹 蝶文 覗き猪口> 時 代:江戸後期 文化〜文政期 およそのサイズ:口径 4.4cm 底径 3.8cm 高さ 5.1cm 状 態:江戸後期に焼かれた牡丹・蝶文の覗き猪口です。花、葉、枝振りが丁寧に描かれています。かつては口縁に金彩が施されていたようで、その痕跡が、かろうじて薄く残っています。一客の内壁と見込みに細かなソバカスが二つ三つ見受けられますが、2客ともにホツやニュウなどはなく、座りも安定しています。画像は光線の加減であまり芳しくないですが、本体自体は綺麗な覗き猪口です。 牡丹は『富貴草』或いは『百花の王』とも呼ばれていたようです。バラのように大きく美しい花の持つ圧倒的な存在感が江戸の人々の心を捉えたのでしょう。葛飾北斎(ほくさい)の『牡丹に蝶』(東京国立博物館)、伊藤若冲(じゃくちゅう)の『牡丹小禽図』(皇居東御苑三の丸尚蔵館)、尾形光琳(こうりん)の『夏草図屏風』(根津美術館)など、江戸時代の優れた絵師も牡丹を題材として描いています。 牡丹の持つ魅力は、古伊万里の世界でも意匠に反映されています。皿や器だけでなく、蕎麦猪口にも、牡丹をモチーフにしたものがいくつかあります。このギャラリーショップでも角皿『R-161』『Rb-94』の 蛸唐草文長角皿の見込み文様として、それぞれ一対の牡丹が描かれています。また『145 染付 牡丹図 覗猪口』でも牡丹がモチーフになっています。江戸時代における三人の著名な絵師による牡丹を紹介しましたが、それでは牡丹は、いつ頃からあるものなのでしょうか。江戸時代でしょうか・・・、どうもそうではなさそうです。 牡丹は、中国が原産です。歴史的には意外に古く、平安時代に書かれた清少納言の *『枕草子』には牡丹の記述が見られます。枕草子が完成したのは、西暦1000年以後と考えられていますので大雑把に言えば平安中期には、どれほどポピュラーだったかは判らないまでも、観賞用として既に貴族の邸宅などで栽培されていたということが想像されます。菅原道眞(すがわら みちざね)の提議によって ** 遣唐使が廃止され(894年)、以来、中国との交易は室町幕府まで途絶えますから、牡丹の渡来は、平安京遷都(794年)から遣唐使廃止までの100年の間、あるいは都が京都に移る前、奈良時代に遣唐使によってもたらされたと考えることができると思います。 * 枕草子 第百三十六段『殿などのおはしまさで後』 ** 遣唐使 犬神御田鍬(いぬがみの みたすき)による第一回遣唐使(630年)から菅原道眞の建議まで260年あまりの間に18回、うち3回は中止となった。 ※古伊万里などの商品は手作りによる骨董品のため、カタチのゆがみ、色のむら、ホツ、ソゲ、ニュウなどある場合がございます。

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